京都上ル下ル

呉服屋の娘のよもやま話

よそ者に優しい?京都人

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意外かもしれないが、京都の人はよそ者に優しい。


特に好むのは、外国人と大学生である。

観光都市である京都はシーズン毎に外国人であふれ、大学の街でもあるので他府県出身の大学生がたくさん住んでいる。

彼らは「外人さん」「学生さん」と呼ばれ、何かと親切にされる。


うちの祖母は「外人さん」が家に来ると、英語も喋れないのにニコニコして「おいでやす、えらい遠いところからよぅいらっしゃいました」と京都弁で話しかける。

「学生さん」を見ると「勉強がんばりや」とやはり優しい。


しかし、この「外人さん」「学生さん」に優しい姿勢は京都人のプライドによるものではないか…?と最近感じている。


「外人さん」も「学生さん」も、京都の人から見ると「客人」である。
わざわざ京都を好んでやってきた「客人」の存在は、京都人としてのプライドをいい感じに刺激する。
誇り高い京都の人が、やや優越感をもって「よぅいらっしゃいました」ともてなすのも自然だろう。


「京都の人はよそ者に優しい」と書いたが、よそ者に優しいのは、よそ者が「客人」の枠におさまっている間だけである。

よそ者があることをすると、京都の人の態度は豹変する。定住、である。

他府県からやってきた人が京都に家を求め住みついたとする。
恐らく近所の人の反応はいささか冷たくなるだろう。

「いや~、○○さんとこのあとに住まはるひと、東京からきはってんて」「へぇ~」

この「へぇ~」には「えらいけったいやなぁ」「嫌やなぁ」等の意味が込められている。


京都の人は客人には優しい。

一方で、自分たちのテリトリーによそ者が入り込むことに関しては排他的である。


この境界は何なのか。

うまく言葉にできないが、肌で感じられるものである。